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十五踏み目 荒穂神社(佐賀・基山町)
2007年07月26日
●荒穂神社
所在地 佐賀県三養基郡基山町宮浦
●祭神
ニニギノミコトと五十猛神(いそたけるのかみ)
●ご利益
森林の神様だから、ガーデニング好きな人向けかも
基山の伝説あれこれ
佐賀・基山町の基肄城について、調べる仕事があった。町のパンフレットを見ると「荒穂神社」という古い神社があるというので、訪ねてみた。
古式ゆかしい、たたずまいのあるお姿に感動した。茅輪神事が近々行われるようだが「まだくぐっちゃだめよ」と縄がかけてあった。
由緒書きを見て、ナマクラなボクの知識じゃちょっと対応できない神様であると判明した。詳しくは基山町のHPでご確認いただきたいが、現在のご祭神はニニギノミコトと五十猛神(いそたけるのかみ)。ニニギノミコトは天孫降臨で、高千穂峰に舞い降りた神様である。
日向の高千穂峰については、宮崎県の高千穂町、鹿児島の霧島が本家・元祖論争を繰り広げていたが、どちらでもなく、北部九州の山ではないかという説もある。
いにしえは九州そのものを日向と呼んでいた時代もある。仮に天皇家のご先祖が大陸から渡来し、天孫降臨の話は列島に上陸したことを暗喩すると考えると、地政学的に北部九州に上陸した可能性が高いから、というもの。
一方もう一柱の祭神・五十猛神は日本書紀によると、須佐之男命の子で、父とともに最初は新羅に天降った。
このとき、五十猛神は木々の種をたくさん持っていたが、須佐之男命が「ここにはいたくない」とだだをこねたため、出雲へ。なぜだか分からないが、五十猛神は九州で種をまき、列島に緑が増えたという。
基山はもともと「木の山」で、ここに悪神がいて山を通る人を取って食らっていた。その悪神を五十猛神がやっつけたという伝説もある。
● 執筆者: 高野龍也
高野龍也 1971年福岡市生まれ。印刷会社営業から、地元出版社勤務、フリーペー パー発行などを経てフリーライターに。2001年から3年間、某紙 企画で九州各地を取材して放浪。市町村単位で150市町村を踏破。 2005年10月よりペーパーカンパニーに参画。現在も紙面、企業広報紙、ホームページなどにて執筆。趣味は、写真を撮ること。パイプおよび喫煙。散歩。
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