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クラコバ運営隊 執筆者紹介

2007年08月03日

中村修治/へそ社長

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 昭和30年代後半、近江商人発祥の地で産まれる。立命館大学経済学部を卒業後、大手プロダクションへ入社。幼い頃から花登筺先生の商人ドラマに傾倒した魂と知恵が邪魔をして、生粋の広告畑にいたたまれずに独立を決意。1994年に、企画会社ペーパーカンパニーを設立する。
 その後、年間150本近い企画書を夜な夜な書く生活を続けるうちに覚醒。たくさんの広告代理店やたくさんの企業の皆様と酔狂な関係を築き、皆様のお陰を持ちまして、現在に至る。
 「あかんたれ」を、いつか「どてらい男」に仕立てていく企てを日夜考えている「全身企画屋」である。福岡市在住、妻1人、娘2人の44歳。

矢野菜穂/クラコバ総裁

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山口市生まれ。家庭の事情で、日本各地を転々として育つ。心のふるさとは、青森。福岡に住み始めたのは25才から。フリーマーケッター歴22年。得意分野は定性調査。1000グループを超えるインタビュー歴。口を割らせた人の数、のべ1万人。総調査件数約450件。主婦歴25年。家族は夫、娘一人、犬二匹。年齢、体重は私情により割愛。高杉晋作の辞世の句「面白きこともなき世を面白く」に「すみなすものは心なりけり」と下の句を続けた野村望東尼は、大大叔母さん。わたしも、おちゃらけ心で住みなすなり。

松田香里/M女

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1974年生まれ。宮崎県出身。熊本大学文学部を卒業後、福岡の出版社に入社。その後、広告会社への転職・独立を経て、2007年1月ペーパーカンパニーWILLTANKへ仲間入り。同時に株式会社キナックスホールディングスの設立に参画し、PR戦略を担当する。広告ではなくPR(パブリックリレーションズ)という手法でコミュニケーションをデザイン−福岡初の戦略重視型PR会社として、多数のクライアントや広告会社の案件に参画中。 実家は今も宮崎で、自然豊かな田舎でほんわか・のんびりと育ったせいか、性格は少々天然気味。気心知れた人と美味しいもの食べてお酒を飲んでるときが、いちばん幸せ。温泉&旅行好き。持ち前の好奇心と物怖じしない性格で、まっすぐ生きてます。

クラコバ女房役

kyouko-ozaki.jpg 1972年北九州市生まれ。中学の頃読書感想文がイヤで2,000円で妹に書かせた自分が、なぜかライター稼業。ちなみにその時の感想文は入選して表彰。 20代では、中国辺境を6〜7回旅行して中国経済に貢献し、酒を飲んでは記憶をなくし、少林寺拳法で初段を取るもダイエット失敗を繰り返す。30代で巣作り・繁殖期に入り、ただいま糸島にて4歳と1歳のチビッコたちとラブラブ中。目下の悩みは、仕事の時間があまり取れないこと、毎日の晩ご飯メニューと3人目を作るかどうか。クラコバは「旧くらしのコバコ」同様、まじめにバカげたことやって、お金を稼げるほど面白く、値打ちのあるものに育てたいでございます。

ジム・コイケ

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1973年福岡市生まれ。
幼少期から大学卒業までに少林寺拳法、野球、ボクシング等のスポーツを経験。
2001年にボクシング経験を活かしたボクシングトレーニングサイトを公開。某誌で日本のホームページベスト5000に選ばれる。
同年よりフリーのWEBデザイナーを経て、WEB制作会社、新聞社にて制作実務を経験。
2005年4月、有限会社ウェブジムを設立。ただいま孤軍奮闘中。

高野龍也

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1971年福岡市生まれ。印刷会社営業から、地元出版社勤務、フリーペーパーを仲間内で発行したりするうちに、フリーライターに。
 2001年から3年間、某紙企画で九州各地を取材して放浪。市町村単位で150市町村を踏破。九州の鉄道路線のほとんどを制覇。2005年10月よりペーパーカンパニーに参画。現在もスポーツ紙、企業広報紙、各種ホームページなどにて執筆。自分で見たもの、感じたことを書いて、取材対象にも読者にも喜んでもらえたらなぁ。
趣味は、写真を撮ること。パイプおよび喫煙。散歩。いまだ、独身。
webで読める高野龍也の仕事
●日刊スポーツの一連のヤツ
●財団法人九州国立博物館振興財団の読み物のページ「太宰府への道」
その他もろもろっ

執筆者: 高野龍也
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