三十踏み目 宗像大社 その三 沖津宮遥拝所
●宗像大社 沖津宮 遥拝所
所在地 福岡県宗像市筑前大島
●祭神
沖津宮: 田心姫神(たごりひめかみ)
●ご利益
交通安全なんだろうけど。海の正倉院として有名
近ごろ福岡に何かと縁のある吉村作治さんを引っ張り出して、沖ノ島および宗像大社を世界遺産に! という動きがあるらしい。最古の遺跡は4世紀にもさかのぼり、大和朝廷の成立にも何らかの影響があったかもしれない沖ノ島遺構は、とても貴重なものだと思う。
がっ、こんだけ世界遺産が乱発されるとなー。
世界遺産に登録されるには、日本から年に何カ所、みたいな申請の規定があるらしく、その順番待ちで何年も待たなければならないそう。
「世界遺産登録を!」というと、意識が高いように聞こえるが、実質「大河ドラマ篤姫の舞台、指宿へようこそ!」と同じような町おこしスローガンになっているところも多いらしい。それならば「大河」の方がボクにはまだ魅力的で、効果的な気がするのだが、どうなのだろう。
はっきりいえば、世界遺産なんかもう、ありふれている。源平合戦、戦国時代、幕末。時代設定はこれくらいの大河ドラマの舞台になる方が難しいかもしれん。沖ノ島もしくは宗像は、大河の舞台になるのは、まず無理だろうから、世界遺産を狙う方が現実的かなあ。
沖ノ島そのものがご神体で、今なお女人禁制。島内のものいっさい持ち出しならず。
発掘調査で出土した8万点の神宝すべてまとめて国宝に指定されたものだから、通称「海の正倉院」。今でも厳しい入島制限されている(釣り人がこそっと訪れているらしいが)この島を世界遺産にしたいという気持ちは、純粋なところなんだろうなぁ。
ところで、ボクにとっての沖ノ島は、そんな古代ロマンあふれるところではない。今も1年に1回くらいは読み返す“燃える”歴史小説「坂の上の雲」(司馬遼太郎著)で、日本海海戦前、東上するバルチック艦隊を最初に発見し、通報したのは一体誰なのか? というスリリングな場面で、沖ノ島に一人常駐する神官さんの話が出てくる。
バルチック艦隊はどの海上に現れるかで、連合艦隊の運用が大きく変わる、つまり戦局を大きく変える場面で、この島が登場したことだけでも、どんだけ交通の要衝だったかがわかるではないか。
高野龍也 1971年福岡市生まれ。印刷会社営業から、地元出版社勤務、フリーペー パー発行などを経てフリーライターに。2001年から3年間、某紙 企画で九州各地を取材して放浪。市町村単位で150市町村を踏破。 2005年10月よりペーパーカンパニーに参画。現在も紙面、企業広報紙、ホームページなどにて執筆。趣味は、写真を撮ること。パイプおよび喫煙。散歩。
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