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神様がおわしますから神社は貴い。でも、人が集うから神社は楽しいと思います。
神社で無邪気に遊ぶ。神様に捧げるように遊ぶ。今様の神事をしてみやうじゃないか。
神社で無邪気に遊ぶ。神様に捧げるように遊ぶ。今様の神事をしてみやうじゃないか。
六十踏み目 天満宮(美野島)
2008年05月03日
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●天満宮
所在地 福岡市博多区美野島1丁目23−1
●祭神
菅原道真公
●ご利益
やっぱり学問かなぁ。でも、商売繁盛かも
商いと暮らしの真ん中に
福岡市でも貴重な元気な商店街の美野島商店街。夏祭りのときは、商店街の道路を自動車全面通行止めにして、さほど広くない道の真ん中に折り畳みテーブルを置いて、全体がオープンカフェ状態になったりする。
見ていると楽しそうだが、ボクは日常生活でこの商店街で買物をしたいしないもんだから、たった一人でポツンと祭りの輪に飛び込むのに、気後れしてしまう。
ボクのような男には、共同体の光景はとてもまばゆいもんである。
その商店街の裏っかわには、暮らしがあったりする。そんな住宅街の隙間にポツンポツンと、市杵島姫命を祀る神社があったりして、形を変えながらも共同体が存続していたりする様子が伝わってくる。が、どっぷりここに暮らしているわけではないので、それは表面張力で上辺だけの景色かもしれない。
これまでも天神社関連の記事で触れてきたが、菅原道真公は博多那の津で上陸してから、大宰府までの足取りは薮の中なのだ。
九州大学デジタルアーカイブというHPで、博多絵図を集めたペイジがある。そのなかで、鎌倉時代から室町時代の博多を描いた「博多往古図」(制作時期は江戸時代半ば以降)というのがあって、そこを拡大して見ると…。
したの方にスクロールすると、美野島が蓑島という、那珂川の河口に土砂が堆積してできた島であったことが見て取れる。
左の方に眼を転じると、四十川という川が描かれている。この四十川は現在の薬院新川であり、その川をそ上する際、管公は川面に映ったやつれ果てた自分の姿を嘆いたという伝説が残っている。
とすると、海路博多にやってきた管公ご一行が蓑島に上陸して休憩したということはあり得そうだ。
神域には、由緒が残っていないため何ともいえないが、蓑島の天満宮も管公ゆかりの地なのだろう。
● 執筆者: タカノ@ケータイ
高野龍也 1971年福岡市生まれ。印刷会社営業から、地元出版社勤務、フリーペー パー発行などを経てフリーライターに。2001年から3年間、某紙 企画で九州各地を取材して放浪。市町村単位で150市町村を踏破。 2005年10月よりペーパーカンパニーに参画。現在も紙面、企業広報紙、ホームページなどにて執筆。趣味は、写真を撮ること。パイプおよび喫煙。散歩。
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