最新記事
ウィルタンクとキナックス「御朱印帳」トップ >
お百度ットコム
> 五十五踏み目 吉備津宮
五十五踏み目 吉備津宮
2008年05月07日
●吉備津宮
所在地 福岡市博多区東光寺町
●祭神
吉備津彦命
●ご利益
鬼退治伝説があるから、守護の神様?
吉備津神社とは、名前の通り吉備国(現在の岡山県)にあるお宮で、本社の吉備津神社は吉備国一の宮である。
吉備といえば、お腰に付けたきびだんごの、桃太郎伝説が有名であるが、吉備津神社の祭神吉備津彦命が、その桃太郎伝説のモデルとなった神様らしい。
何でまたその吉備津神社が福岡市にあるのかというと…。
九州唯一の吉備津宮
吉備津彦命は、日本神道の神様である。桃太郎のモデルになったと書いたが、その吉備津彦命のモデルになった人物、あるいは事象もある。
時は孝霊天皇の御代で、西暦にすると紀元前3世紀のころ。
山陽道を治めようと派遣した四道将軍の一人が五十狭芹彦(いさせりひこ)で、吉備を平定したことで吉備津彦を名乗るようになったという。
当時吉備は、鬼ノ城に居を構えた温羅(うら)という鬼が支配する土地で、温羅をやっつけ暴政から民を救ったヒーローが吉備津彦命なのだ。
吉備津本社は吉備津彦命を祀るとともに、温羅の怨霊を鎮めるお宮である。鬼にデフォルメした上で、さらに怨霊鎮めの宮を建てているあたり、吉備の豪族は相当な実力者であったに違いない。
天皇の皇子で全国を平定して回った日本武尊ほど、信仰に広がりはないようで、神社の由来によると九州に吉備津宮は、ここ一宮のみであるという。
江戸時代になり、筑前に黒田家がやって来た。黒田家はもともと播磨の国が発祥で、家来筋には山陽道出身のものも多い。東光寺付近を領した宮内政盛は吉備出身で、出身地の産土である吉備津彦命をこの地に勧請した。
栄達したとはいえ、望郷の念は忘れがたかったのだろう。
● 執筆者: 高野龍也
高野龍也 1971年福岡市生まれ。印刷会社営業から、地元出版社勤務、フリーペー パー発行などを経てフリーライターに。2001年から3年間、某紙 企画で九州各地を取材して放浪。市町村単位で150市町村を踏破。 2005年10月よりペーパーカンパニーに参画。現在も紙面、企業広報紙、ホームページなどにて執筆。趣味は、写真を撮ること。パイプおよび喫煙。散歩。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL