最新記事
ウィルタンクとキナックス「御朱印帳」トップ >
お百度ットコム
> 五十七踏み目 八幡宮(諸岡八幡宮)
五十七踏み目 八幡宮(諸岡八幡宮)
2008年05月10日
●八幡宮
所在地 福岡県福岡市博多区諸岡4丁目4
●祭神
応神天皇(八幡神)
●ご利益
農業・海運の神様とされているが、八幡神は何でもありだと思う。ここは治水がメイン?
一つの丘に三つ宮
諸岡四角といえば、地元の人は分かるだろうか。四角から雑餉隈方面へちょっと行ったところに小さな丘がある。
そこは、このエリアの聖地であるらしい。
まずこの丘には、瀧見天神社がある。その横っちょには「那珂忠魂社」なる石碑が建つも、階段を登って行った神域と思われる場所は、野っ原になっている。現在、遷宮の真っ最中なのか。そして、諸岡八幡宮。
一つの丘にお宮が三つもあるなんて、何かあるばい。丘といってもそれほど標高があるわけではない。古墳なんじゃないかなぁ、ここ。ここんちは、御由緒もなくて現地では手がかりがなかったけれど、webで調べてみると…。
ありました、三筑小学校のホームページに「地域の歴史」というコーナーが。PDFファイルをダウンロードして、丸々引用してみると…。
「諸岡山」
「諸岡山の杉木立ち桜の庭へ続く坂♪♪」
本校校歌の一節です。地図で捜してみても校区の中には山は見当たりません。「下の山」という地名はあります。その東側に丘部があり諸岡八幡宮があります。八幡宮は戦の神で,武士が好んで建立しました。治水の考えから,川の氾濫から神社を守るため,小高い場所がよく選ばれました。この丘には神社が三つあります。背後には杉木立ちと桜並木がありますので,校歌の作者がこの地を詠んだことは違いないでしょう。板付の埋蔵文化財センターによると,この地は「諸岡遺跡」と呼称し,弥生時代の甕棺や中世の住居跡が出土しているそうです。
貝原益軒の筑紫國続風土記には,岡の山八幡宮の記述があり,この丘に浄土宗の西専寺があり「諸岡山」と号したとあります。その他,篠原(笹原)・南原・西原・横手原の地名が見えます。
岡の山があったこの一帯は,諸岡村の諸岡原と言いました。この諸岡原では,足利尊氏軍と菊池・阿蘇連合軍の戦がありました。1336年のことです。
ということらしい。近くには御笠川があるし。治水を祈願するために小高い丘に神社を建てるという話は初めて聞いた。勉強になった。
神道では「祓い」というコトがミソだったりるす。神社に参拝することも祓いだし、お賽銭を賽銭箱に投げ入れることも、穢れをお金に宿して祓い落としていることになる。
日本の信仰上の川は、流れでもって穢れを海に流す役割があるとされる。流れ着いた海で穢れは浄化されるが、清めるのは海水中の塩分。「お汐井」取りの神事は海から浄化の成分をいただくこと。
かつては排水を川に垂れ流していて、エコならぬ公害問題になったが、それは日本古来のメンタリティに由来するものなのかもしれない。
小学校のHPには、郷土史情報が満載だったりするので、ボクは分からないことを調べる時は、エリアの小学校を検索して調べたりしている。
地元の古老などにインタビューして作成しているようで、wikipediaよりも詳しいことが分かることも多い。三筑小学校! ありがとうございます。
● 執筆者: タカノ@ケータイ
高野龍也 1971年福岡市生まれ。印刷会社営業から、地元出版社勤務、フリーペー パー発行などを経てフリーライターに。2001年から3年間、某紙 企画で九州各地を取材して放浪。市町村単位で150市町村を踏破。 2005年10月よりペーパーカンパニーに参画。現在も紙面、企業広報紙、ホームページなどにて執筆。趣味は、写真を撮ること。パイプおよび喫煙。散歩。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL