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脱・自分探しマーケティングぅ~!

2008年08月07日

自分は・・・自分は・・・何もやってましぇん。
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死んでるみたいに生きてる若い輩が増えている気がする。
死ぬのは嫌だけど、いつ死んでもいいと考えてる輩が増えてきている。
そういう輩の仕事や辺境の判断基準は、
「オレ的に、ワタシ的に、面白いかどうか」だというに決まっている。


中田英寿が「自分探しの旅」に、また出ちゃったりするもんだから・・・
また、いつ死んでもいい幼稚な大人が増えそうで恐いっ。
いつ死んでもいいと考えてる人達を多く抱え、
彼らを保護するための社会的コストを、国はどう考えているのだろうかっ。
不幸だっ。困ったっ。


生きていくという価値は、
「貴方は死んじゃいけない人」だと思ってくれる人が述べ何人になるかということに近いっ。

死んでもいいと迂闊に言えない状況や環境を創出していくことが、
生きる価値を高めるということだっ。
オレ的に、面白いかどうかの基準で仕事をやっていては、その効率は落ちるに決まっている。

市場の原理は、弱肉強食ではない。
刹那的な結果を求めるビジネスモデルへの恍惚は、そんな長続きしない。
弱肉強食を議論する企業は、死んでもいい。
オレ的基準で遂行されるビジネスは、市場の原理に抹殺される。

お客様に「無くなっては困る企業」だと思ってもらえること。
目の前のお客様に「居なくてはならない人」だと思ってもらえる接客をすること。
そして、お客様に「生きててよかった」と言わせること。
それが、小売りの究極のマーケティングだと思うっ。

ダイレクトマーケティングの究極は、「脱・マーケティング」。
死んでもいいなんて言わない人達が、
生きてて良かったというお客様との関係を築く。
人間の営為そのものだっ。

無様でも何でも生きる気概のある企業がかっこいいと思う。
青臭いとか、情熱とか、そんなことが見直される時代に、再度、突入していく。
「世界で情熱なしで成就された偉大なものはなかったと確信する」とヘーゲルが言う。

生きることに、愚直に、のぼせた奴が、賞賛を浴びる時代がやってる。
そう信じて携わるのが、マーケティングぅ~!

執筆者: 中村修治/へそ社長