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珍商売「講義ノート屋」凋落に見る大学全入時代の病。

2008年10月06日

あぁぁぁぁぁぁぁぁっ。
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大学を5年かけて卒業した私は、ほんとにダメダメ学生であったと思う。授業に出ていないから単位をとるにもひと苦労。友達と言えば、全員が学校に行っていない奴ばかり。講義ノートを借りることもできず、試験の度に四苦八苦したものだ。その時代に「講義ノート屋」があれば、私は、間違いなく常連だっただろう。
しかし、その珍商売にも氷河期が訪れているというニュースが先週駆けめぐった・・・。


『講義ノート屋』に氷河期--京阪神の大学で"閉店"続出


きちんと大学の講義に出た人のノートを1、2万円で買い取り、その写しを1部数百円で売る。こんな学生相手の「講義ノート屋」に逆風が吹いている。学生の「まじめ化」やノートの質の低下が原因だ。大学の視線も厳しくなり、一部の繁盛店をのぞき、次々と倒れている。
約1万8千人が通う立命館大衣笠キャンパス(京都市北区)。東門から約30メートルの建物の1階に人気の講義ノート屋がある。学生がカウンターで講義名を告げると、店員が奥に取りにいく。夏の前期試験直前には、約40人が入店待ちの列をつくった。
試験シーズン恒例の風景だが、今年はちょっとした「事件」が起きた。黙認してきた大学が試験に合わせ、利用自粛を求める教学部長名のメールを全学生に出したのだ。
「大学での学びは誰のためにあるのでしょうか。授業に出席することなく、『講義ノート』に頼ろうとする試験対策は安易であり、本末転倒です」
だが――。自粛令が出たあとの昼休み、店頭に「ノート販売30周年&店舗改装を記念して、300科目すべてが通常価格1冊700円のところ300円!」というチラシが置かれていた。それ目当てか、相変わらず学生が店に吸い込まれていく。
4回生の男子は「大学が禁じたいのはわかるけど、単位を落としたら元も子もない」。3回生の女子は「出席していてもわからない講義があって」と話した。
一方のノート屋は、「取材はいっさいお断り」だ。
近年、こんな繁盛店は珍しく、閉店が相次ぐ。
関西では数十年前から存在し、印刷会社などが営んでいた。「関関同立」「産近甲龍」と言われる有力私大の周辺にはどこにもあったのに、近畿大(大阪府東大阪市)は5年ほど前、それより前に関西大(同吹田市)、甲南大(神戸市東灘区)で姿を消した。関西学院大(兵庫県西宮市)でも2年ほど前になくなった。いまも残っているのは、立命館大、同志社大(京都市上京区)、京都産業大(同北区)、龍谷大(同伏見区)などだけだ。
冬の時代を迎えた理由について、大学関係者は「就職氷河期」を迎えた10年余り前から、学生の講義への出席率があがったことを挙げる。就職のために、単に単位をとるだけでなく「優」の数を増やそうとする学生が目立つようになったうえ、出席をとる講義も増え、写しを買う必要が薄らいだのだ。
ノートの質の低下を挙げる人もいる。かつてノート屋に店の一角を貸していた関西大前の文具店経営者は「以前は口頭で説明した内容や試験に出そうなポイントも書き込まれていたが、板書を写しただけのものが増えていた。お金を出すには物足りない内容だった」と話す。(市原研吾)

UNN加盟大(神戸大、同志社、立命、関学、阪大、関大、神女院大、京女大、京大)が実施した学生122人を対象にしたを無記名でアンケート調査によると・・・。


全体の73%が購入経験あり。
業者の存在について、「仕方がない」とほとんどの学生(43%)が回答している。


で、「講義ノート屋」を必要としなくなった昨今の真面目な学生の意識と言えば・・・


社団法人「日本私立大学連盟」がまとめた最近の学生生活実態調査では、(調査は4年に1度、調査票記入方式で実施。今回は昨年9~10月、加盟する122私大の学生6639人が回答した結果)
大学進学の目的では「大卒の学歴が必要」が50・2%でトップ。
「家族、先生の勧めや友人も進学するから」(26・2%)とともに4・6ポイント増加。
主体性に欠ける傾向が強まった。
その半面、「自分のしたいことを探す」(35・7%)は5・7ポイント減。
「自由、青春を楽しみたい」が4・2ポイント減。
「より深く学んだり研究したい」も1・2ポイント減らした。
大学生活で大切なことについては、
「進級・卒業」(21・0%)が12・5ポイントの大幅な伸びを示した。
「講義・ゼミなどの出席」(21・9%)や「良い就職先を見つける」(12・2%)も3ポイント前後増えた。


代わりに、「良い友人・先輩を得る」「趣味を生かし才能を伸ばす」「経験を豊富にし見聞を広める」「専門的知識・技術を習得する」は6・6~3・2ポイント減らした。形式的な勉強を重視する姿勢が強まっている。



どんな企業を志望するかでは、「安定している」(47・9%)が2ポイント増加し、トップに躍り出た。「給与が高い」(24・9%)も3・9ポイント増えて3位。安定志向が強い。
逆に、前回首位だった「自分の能力をいかせる」は38・1%と9・4ポイント減少して2位に転落。もともと少なかった「能力主義が徹底している」は3・5ポイントも減らし、2・9%に落ち込んだ。
調査した私大連盟では「進級、卒業、就職という現実的意識が思いの外のしかかっている」としている。


そういう学生が、社会人になるとどうなるのか・・・。
日本経済新聞の昨年の20代の社会人を対象にした調査によると。
「自由に使えるお金の使い道」(複数回答)については、
「貯蓄」を挙げた人が36.0%、00年より8・2ポイント高くなっている。
飲み代は29.6%が「お金がもったいない」。これは30代より10ポイント以上高い。
乗用車を「持っている」は13.0%だが、
00年より10ポイント以上低下、家電や海外ブランド品など18品目も保有率が低下している。
つまり、飲み代や買い物を節約し、貯金に回している実態が浮き彫りになる。



「大学入学志望者数」と「大学定員」が同じになる「大学全入時代」の学生は、
主体性もなく、
描ける未来もなく、
形式的に勉強し、
大卒の肩書きを必要とする企業に就職し、
少ない給料に耐え、
そこからのいくばくかを、大きな目的もなく貯蓄にまわす。


ずいぶんと消極的で現実的な青春を過ごし、
彼らは大量の「新しいプロレタリアート」となっていく。
運動するどころか、抵抗もしない、新しい労働者階級の出現である。




カミングアウトをするが・・・
私は4回生の時の前期試験でカンニングをして戒告処分を受けたことがある。
そんな私に、大学の教育をとやかく言う資格はない。バカ学生だった。
「講義ノート屋」を必要としない現代の真面目な学生達を、非難できない。



しかし、こんな不良のおっさんではあるが、ひとつだけ・・・言わせてもらう。


大学時代に、一番必要な心がけは、
自分が知らないこと、自分ができないことに怯え続けることだと思うのだ。
世の中は、しょぼくも、ちょろくもない。
自分以外は、全部、凄いのではないかと感じて・・・
自分が知らないことを、知り。自分ができないことを、できるようにする。
その道筋を積極的に探し、悩んだりできたりするのが大学時代の特権である。
社会人になって使える能力とは、その道筋が見えているかどうかにかかっている。
20年そこそこの経験で培った、
「自分の知ってること、できること」で出来上がった小さなフレーム=
固定化した自己評価が、果たして、なんぼのものかを知って欲しい。

大学は、
「自分の知らないこと、自分のできないこと」と効率的にアクセスできる
青春のプロバイダーであるべきだ。
育てるべきは、貯蓄する若者ではなく、自己投資するバカ者だ。

現実的で、保守的な、無難な学生の大量生産を続けても
大学全入時代の大学経営は乗り切れないはずである。
何故なら、企業経営にとって、
「上昇志向の見えないプライド」ほどやっかいなものはないから。
彼らは、コントロールも、マネージメントも、ひどくやりづらい労働者であるから。

最近、某広告代理店の中堅の営業マンに今年の新入社員評を聞いた。
そこで、こんな面白い話が出た。ゴルフコンペでの出来事。
新入社員のティーショットが、全員、しょぼいと言うのだ。
誰も「ブンッ」と振らない。
アプローチで何度も素振りをして・・・確実に、当てる。
そして、結果が、誰もたいしたことない。
「ブンッ」と振れっと言っても、誰も、「ブンッ」と振れない。
そう嘆いていた。


そのコンペでの新入社員に無難な結果なんて求めていない。
その無難な結果は、何も産み出さない。


そこで、社会評価を得るためには、「ブンッ」と振ることなのだが・・・
自分のできることのフレームから抜け出せない。
そこで、「ブンッ」と振ることによる社会評価と、
その行為から繋がるはずの上司達との「未知の関係」が想像できない。


自分の今できることを100%出し切っても面白くない。
自分のできないことをやろうとする姿や心意気が
社会的上昇のチャンスを掴む要諦だ。
そして、その掴んだ道筋が、その人間の能力となって蓄積される。



「講義ノート屋」でショートカットした試験勉強の時間は、自己投資に使え。
そんな学生の多い街の「講義ノート屋」は、たぶん潰れない。
ただ、単位をとるためだけに「講義ノート屋」が存在していたなら・・・
今回の凋落も、当たり前の道筋である。

執筆者: 中村修治/へそ社長