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書いてるか・・・。
かけ、かけ、かけ・・・。
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企画書を書くストレスをいかに軽減するか。
どう考えたら、企画書を書くことが楽しくなっていくのか。
企画書を書くという行為に、どんな醍醐味があるのか。
その心構えについて、アホみたいに企画書を書いてきたおっさんが答えてみる。
プランナーだから当然なのだが、いろんな企画会議に出席する機会がある。
良い企画会議は、面白い。時間を過ぎるのを忘れるほどだ。
しかし、その楽しい企画会議の終わりに、これを次回までに誰がまとめるかという話しになる。
要するに、企画書として仕上げるのは誰かという問いが会議室の空気を凍らせる。
その会議で見えたことを、ちゃんと書面にするという面倒くさい行為を率先してやる奴は、なかなかいない。だって、みんな見えていることを、まとめるのって面倒くさいだけだもの・・・。
みんなが手を上げない中・・・私は、若い頃から、率先して手を上げることにしていた。
面倒くさいことを率先して引き受けてきたから、20年に及ぶプランナー生活ができていると信じている。面倒だと思って引き受けていたら、こんなに長くは企画書を書き続けられなかったと思う。少し自慢だ。
心構えひとつで、企画書を書くという面倒は、このうえなく楽しいものになっていく。
企画書を書くとは、関わるみんなの「時間」を操作できる醍醐味が、実は隠されているのだ。
企画会議で流れていた時間を止めて→定着させる。
そして、次回には、その企画書から、また時間を加速させたり、止めたりできる。
その企画に関わっている人達に同じく流れている「時間」を操作できるのだ。
ひとつのマジックみたいなものだ。これほど、面白いことはないっ。
みんなが寝ている時間に、1人だけ起きて、みんなの時間を引き受ける。
みんなに同じく流れていた時間に、1人だけ竿をさして起ってみる。
そう思うと、徹夜して企画書を書くのも面白くなっていく。
書家・石川九楊氏が「WEDGE」9月号 の中でこんなコメントを残していた。
「書くとは、過去と未来との対話でもあります。話す場合の文体、すなわち話し言葉の振る舞いは、話す相手や場に応じて、また時代とともに動いていきます。ところが書くときには、古い時代の文体を引き受けざるをえませんし、それを未来に送り届けていく作業ですから、軽々しく書けない。重く、煩わしいものです」この言葉に凄く感銘する。
面倒で、煩わしいけど、「書く」とは、未来と過去とを行ったり来たりするものなのだ。
企画書も同じ。
企画に携わるすべての者と、その企画の先にあるお客様達の未来と過去を行ったり来たりする。
企画書の書き手とは、タイムトラベラーみたいなものである。
「人」を「止める」と書いて、企てる。
では、「人」の何を止めるのか。
「目」を留めるのか。
「足」が止まるのか。
「心」に停まるのか。
ぜんぶひっくるめて「人に流れる時間」を止める画策が、企画なのだ。
もういい歳なので、若い人達から、
どうしたら企画書を書けるのですかと良く問われるようになった。
気の利いた答えは、持ち合わせてはいないっ。
「とりあえず、書け、書け、書け。マスでも何でもカケ、カケ。」と答えることにしている。
「書く」とは、未来と過去との対話だ。
要するに、自分の中に流れる「時間」との対話だ。
自分の中に流れている「時間」を止めたり、加速させたりするという
「書く」行為に身体が慣れない限り、企画書を書き続けることはできない。
だから、「とりあえず書け、書け、書け。マスでも何でもカケ、カケ。」なのである。