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しょーがないじゃ しょーがない
「ええじゃないかええじゃないか」の阿波踊り。徳島県の自殺率は、全国一低い。「しょーがないしょーがない」の日本は、先進国の中でも自殺率が最も高い。
「しょーがない」を「ええじゃないか」に切り替えることがヒトの営みであり、それに気づき促すことが本来のマーケティングである。
マス媒体も、広告代理店も、これを放棄している。
しょーがないじゃしょーがない。へそ社長は、しょーがないのが嫌なのである。

おばあちゃん子は、商売上手である!

2008年11月10日

へそ社長は、おばあちゃん子である。
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コールセンターでトップセールを誇る女性。上司にも、クライアントにも信望の厚い代理店の営業マン。あくまで私のまわりだけでの調査結果なのだが・・・聞いてみると「私は、おばあちゃん子だった」という。コミュニケーション上手で、商売上手な人達は、おばあちゃん子が多いという新説を、この場を借りて唱えてみる。




自称おばあちゃん子である優秀なコールセンターの女の子のやりとりが凄いのは・・・
「お客様に気持ちよく話させている」こと。
その女の子がすることは、絶妙なあいづちだけ。それで、モノが売れる。
目や口よりも、耳が達者なのである。

その信望の厚い代理店の営業マンが素敵なのは・・・
「みんなの意見に耳を傾けようとする」こと。
みんなの立場や意見に興味がある=好きだという態度が素晴らしい。
口の使い方よりも、耳が起用にできている。


「身体知」バジリコ出版には、「幼児期のコミュニケーション体験というのは、意味をなさないノイズを発しても、それを声として聞き取ってくれた人=母がいるという原事実にあり、それがコミュニケーションに対する根本的な信頼をかたちづくる」という記述がある。



本来のコミュニケーションとは、
一義的なメッセージが明確な語義を伴って、きちんと相手に手渡されるということではない。
本当に、大事なのは、他者が発する「ノイズ」を「声」に変換して聞き取るという、強引な力業が必要というわけだ。



企業・組織において、明確な語義を持った言葉を操れる人だけが重宝がられる傾向にあるが、
そんな人達だけを集めた企業が、本当にコミュニケーション能力が高い組織と言えるだろうか。
理路整然としたセンテンスでコミュニケーションがきちんと図れる人は、皆無に等しい。
人間とは、本来、そういうものだ。



伝えたいことがいっぱいあるけど、うまいこと言えない。もどかしい。
だから、ためらって、もじもじしたりもする。
それが、お客様であれば、なおのことである。
伝えたいことの総体としての「ノイズ」を感知し、
「声」に変換できる能力の高さこそが、コミュニケーション能力の高さだ。
おばあちゃん子達には、その能力が備わっている率が高いと予測する。


何故なら、家族の中でのおばあちゃんは、そもそも、そういう役割だから。
孫がお母さんに怒られている場面では・・・
そのかわいい孫が発するノイズを感知して、手を差しのべてくれる。
夫婦喧嘩があったなら、
息子の話しを聞き・・・嫁さんからの話も聞き・・・
残された孫達をあたたかく保護してくれる。


家族の中で、おばあちゃんは、
「全部を言わなくても、なんかわかってくれている・・・」
感知能力の高い「耳」の機能だったのだ。
その姿を間近で見て、
目に見えないノイズを聞いて行動するおばあちゃんに、
その手でかわいがられた「おばあちゃん子」達は、自然とその能力を身につける。


人間のコミュニケーションとは、
そもそもクリアカットされた正しい意見のやりとりに終始するものではない。
おばあちゃん子達は、
そういう本質的なことが経験を通じてわかる環境にいたから、
より深い「耳」を中心にしたコミュニケーションができるようになる。
そういうことではないだろうか・・・。


会社も、一緒。日々、やりとりされる業務日報や会議の発表内容だけが全てではない。
みんなの「ノイズ」を「声」に変換してくれる「おばあちゃん子の上司」がいたら、その組織は、うまく運営されるのではないか。面接の時に、「おばあちゃん子かどうか」聞いてみるのも面白い。



しかし、核家族化が進む中で、「おばあちゃん子」も少なくなってきた。
コミュニケーション下手な若い人達が増えた原因は、そんなところにあるのかもしれない。

執筆者: 中村修治/へそ社長
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