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1ヶ月間、愛を確かめるために走れるか?
愛はないげと、姫始め・・・・。
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リアルタイム・インタラクティブ・ドキュメンタリーと銘打った「LOVE DISTANCE」というサイトをご存じだろうか。音楽に坂本龍一を起用するなど、とても作品性も高く、実験的なネットプロモーションなのだが、どうもしっくりこない。どうしてなのか?
サイトのコンセプトは、以下の通り。
僕らは、10億ミリ離れていた。
東京ー福岡、遠距離恋愛。
その距離、1,000km超。
つきあって、2年半。
男は福岡から、女は東京から、
その愛を確かめるために、走ります。
このドキュメンタリーは、
12.24の聖夜、
日本のどこかで再会するまで、
ふたりの走りを生中継。
ふたりのチャットもブログも電話も、
すべてリアルタイムに公開。
このドキュメンタリーは、
およそ1ヶ月、リアルタイムに続きます。
われわれ傍観者は、
ふたりの恋を眺めながら、
この1ヶ月間、「恋愛」という怪物を、
もう一度、見つめ直していきます。
ふたりの遠距離恋愛を疑似体験してもらうため、
男性は「ある男」のサイト、女性は「ある女」のサイト、
つまり離ればなれになっていただきます。
インターネットの自由を奪います。
とはいえ、傍観者の心理。
ふたりの行方を両方とも見たい
という強欲なあなたは、
目の前にPCを2台並べて、
お楽しみください。
実は、このドキュメンタリーは広告です。
12.24の聖夜、
クライアントが明かされます。
これから1ヶ月をかけて、
CFを制作していきます。
LOVE DISTANCE制作委員会
我々は、この活動を通して、
恋愛には適切な距離が必要であることを
訴えていければと考えております。
ここにおける距離とは、
物理的距離、心理的距離の
両方をさします。
ほんとうに若い男女が、福岡と東京にあるそれぞれの家を飛び出し、走る。
クリスマスに、どこかの都市で出会うまでのドキュメントを映像で見ることができる。
2人のメールでのやりとりを見ることができる。
1日に1回、2人のケータイでのナマの声でのやりとりも聴ける。
すべてがドキュメンタリー調でオンタイムであるところも挑戦的だし、
「男」「女」のそれぞれからしか体験することができないという不自由さを、
見るユーザーに課しているところも面白い。
音楽も、映像も、サイトから伝わってくる空気感も、とても洗練されている。
そして、クリスマスまでこのサイトは「非ブランドサイト」として運営され、
クライマックスのその日に、広告主が明かされるという。
その何もかもが、コンセプチュアルで実験としては面白いのだが、
どうも、感情移入ができない。
私が、感度の低いただのおじさんだからだろうか・・・。
サイトが立ち上がってから一週間以上が経つが、「LOVE DISTANCE」で検索してみると、仕込み記事らしき同じ内容の文章が、上位にあがってくる。どうも、ネット上での口コミも、あまり拡がってはいないようだ。
問題は、「作品性が高すぎる」ところだ。
「距離」の問題ではなく、
「高さ」の問題が、このネットプロモーションのネックではないだろうか。
クリスマスにクライアントが明かされると言うが・・・
それがどの企業かと議論するのは、広告業界くらいのものだろう。
ユーザーにとって期間限定「非ブランド」であることは、あまり価値がない。
サイト自体が、業界に向けられて発信されている気がするのは、私だけだろうか。
このサイトには、ユーザーの前に「業界という高い壁」が聳え立っている。
実は、このドキュメンタリーは広告です。
12.24の聖夜、
クライアントが明かされます。
これから1ヶ月をかけて、
CFを制作していきます。
・・・と宣言されているように「LOVE DISTANCE」は、
「非ブランドサイト」とか「ネットプロモーション」というジャンルの企画ではなく、
ネット内で一番先行している「広告」を目指している。
日々更新される時間を共有し、共感し・・・最後に、クレジットで広告主が出てくる。
15秒や30秒の広告ではなく、
1ヶ月を越える「時間」への挑戦をする「ながーい広告」なのだ。
そう言われるとますます手法としては、面白いのだが・・・。
結局、ながーい期間のイメージ広告をネットで繰り広げているってこと?
ROI=投資回収の面から見ると、辛いのではないか。
ネットの中で、その「作品自体=コンテンツ」の作品性の高さは、ネックだ。
コンテンツ自体が、従来のテレビ広告の作り方から脱却できていない。
テレビ広告は、一方的に受けるものだから、
一瞬一瞬の「作品性の高さ」が重要になる。
映像的な完成度も高い方が良い。
しかしながら、パソコンの中で、自らが選び取って見る広告には、
「個の貼り込む余白」がなくてはいけない。
「LOVE DISTANCE」全篇から漂う空気には、素人の入り込む「余白」がない。
「LOVE DISTANCE」を実現させた広告主は、クリスマスまでわからないが。その広告主は、きっと、テレビ広告の費用の一部を、ネットに転用して新しい「広告」手法を模索したと考える。要は、従来のプロモーションコストの配分モデルのなかでWebを使ったアイデアを実現させているに過ぎないのではないだろうか。
「非ブランドサイト」を保有したり、このようなネット内での「非ブランド広告」を実行するには、組織構造とマーケティングコストのかけ方自体を再編成しなければならないのではないかと思う。
テレビ広告とネットでは、ユーザーの情報の受信態度と意識が違う。
テレビ広告を作り続けてきた人間の「作品」への想いを一部捨てて、ROIを意識した広告を作れるか。「ユーザーに余白を残してあげる作品」を作れるか。コストの再編成とともに、クリエイティブへの意識の再編成も求められているのでないだろうか。
ネットユーザーは、1ヶ月間、愛を確かめるために走れない。
「美人は3日で飽きる」なんて言われる通り・・・
長期間を一緒に走るためには、もう少し、ブスなところが、是非、欲しい。