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世界一の教育大国になる方法。

2009年02月20日

鳥取県の公立小学校には「学級委員長」がいない。
そんなニュースが流れたのは、つい先日のことだ。
みんな平等で、学級委員長のいない国の「学級委員長=首相」は、漢字が読めないと叩かれている。
「教育」のことを真剣に考えないと、「経済」問題の解決は、いつも付け焼き刃になってしまう。

そこで、経済協力開発機構(OCED)の学習到達度調査(PISA)で毎回好成績を収めている国・フィンランドをお手本に考えてみたい。同調査の2003年実施分で、トップに躍り出てからというもの、日本で報じられているフィンランドとは「塾もないのに」、「競争もないのに世界一」という、大層ミステリアスな教育の国になっているというのだ。興味深いっ。



フィンランド在住ジャーナリスト「靴家 さちこ」さんが、オンラインメディア「メディアサボール」で、記事にしておられるので抜粋させていただく。


塾”も“競争”もない世界一の「教育大国」
受験や偏差値がないことから“競争もないのに”と驚かれているフィンランドの学校システムではあるが、どちらかというと、どの生徒も小学一年生からして、「帰宅後すぐに宿題をすませる」ことの方が注目に値するのではないだろうか。所要時間は30分前後という無理のない量だが、毎日の宿題をやらない、あるいは、やり忘れる生徒はほとんど皆無だという。



フィンランドは、25歳から54歳までの女性の就業率が81%と、欧州屈指の共働き社会だ。その共働き家庭では、両親が午後4時まで仕事で帰ってこない 家に、カギっ子の小学生が一人で帰宅して、一人で宿題をすませておくのがスタンダードだ。宿題とは、親に促されてやっと手をつけるのではなく、親が帰ってくるまでにもうやっておくもの――各家庭でそういう躾がなされているのだ。共働きが当たり前の社会では、子どもの自立をのんびり待っている余裕などないのである。



フィンランドの教育の話しになると、北欧国独自の高い税金と福祉の関係だったり、教育者の資格制度がしっかりしているとか。そういう面ばかりがクローズアップされているのだが、この記事を読むと、どうも、それだけではないようだ。自立を促さざるをえない社会の背景が、きっちりあるのだ。お気楽なわけではないのだ。
それに比べて日本は、どうだろう。
塾通いで偏差値競争ばかりしている子供達は、大学を出ても、社会人になっても、お気楽ごくらく。

さらに、フィンランドの学校には、生徒が留年してやりなおしができる落第制度があるという。

この制度は、パイヴァコティ(保育園)の時からすでに始まっている。保育園は、0歳児から4歳児までの年少クラス、3歳児から5歳児までの年長クラスと5、6歳 からのエシコール(プリスクール)の三部から成るのだが――それぞれのクラスの年齢に“ダブリ”があるのにお気づきだろうか。


夏休み後の新学期――8月の新しいクラス替えで、園児達は、全員が持ち上がりで同じクラスに配属されるわけではない。この時点で、上のクラスに上がれる 子と、同じクラスに留年する子が出てくるのだ。もちろん、クラスの人数の関係など、理由は必ずしも他との比較による“遅れ”ではないのだが、クラス編成は、年齢ではなく、それぞれのクラスでの“適応能力”が基準となっている。


新学期が始まってしばらく、子ども達の間では、どの子が上のクラスに行けたか残ったかで話題が持ちきりだ。親にとっても、たかが保育園、プリスクールと はいえ、同じクラスで一年やり直しというのは決して小さな問題ではない。システムや制度はどんなものであれ、競争心のない集団などあり得ない。
[/b]とある。

なるほど。ものごころ付いた頃から、フィンランドでは、毎年「落第するかとどうか」という状況に、親も子もさらされている。それを自然に受け入れているから、明確な目的意識を持って勉強をする習慣が、子供達に身に付くというわけだ。

その点、中学、高校、大学と数年毎の受験戦争を体験させる日本の教育制度は、どうだろう。塾では、競争。学校では、お手々をつないでゴールイン。どっちが正しいのかわからない散漫な時間を数年毎に体験しても、勉強の意味など身体に染みつかない。だから、自立した大人が育たない。

毎年毎年、毎日毎日、次の学年に上がることに目的を持って勉強する。その教育の現場には、確かな資格の、親も子も尊敬できる先生達が居る。当たり前のことをちゃんとやっているからフィンランドは、教育王国になったのだ。

選挙が差し迫った時にしか、せっせと動かない政治家。
人権団体やモンスターペアレントの攻勢を警戒して、ぬるい制度を推し進める関係者。
「教育」とは、毎日毎日の、問題だ。
数年毎の数ヶ月頑張れ→競争しろという受験戦争や教育の仕組み進行しても、全体が、あまり良い方向には進まないだろう・・・。

政治家にも、教育者にも、毎日毎日を切磋琢磨する方向に動かす「正しい落第制度」を議論するような「学級委員長=リーダー」の出現を望む。

執筆者: 中村修治/へそ社長