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きっと、何もかもが違うっ。
先週、麻生内閣の新経済対策の一つとして、アニメやマンガ、ゲームの「殿堂」の創設に文化庁が乗り出したというニュースが流れた。総工費117億円。血税が投入される。
これに、断固反対である。
「政府と漫画」は、そもそも相容れない。
「日本と世界のコンテンツ市場データベース2008」によると、2007年の日本の映像や音楽、ゲームやテキスト情報などのコンテンツ市場は、流通するメディア5分野=パッケージソフト販売6兆3,238億円 (49%)/放送3兆6,920億円(28%)/施設サービス1兆6,196億円(12%)/インターネット9,050億円(7%)/携帯電話4,955 億円(4%)の合計13兆359億円。
その日本のコンテンツ市場の規模は世界第2位。規模は第1位アメリカの1/3、GDP比でも世界2位。国民1人当たりの消費額では英・米・独に次ぎ第4位だ。
この市場の勢いと世界的ポジション。その発信拠点として「国立メディア芸術総合センター=漫画の殿堂」を東京都内に作る。アニメ「つみきのいえ」が米アカデミー賞を受賞したことを弾みに、日本発の新しいアートの旋風を巻き起こす狙いらしい・・・。
さらには、麻生首相が、漫画好きとなれば・・・「漫画の殿堂」構想が起こるのも無理はない。選挙受けもいいだろうっ。きっと。
しかしだ・・・そんなもん、うまいこと行くわけがない。
国がアニメやマンガに特化した施設を作ったところで、無料でマンガを読んだり、ゲームを体験したりできることを望む人達が集まる箱物になるだけで、「旋風を巻き起こす」施設になるとは、到底考えられないっ。国営の「漫画喫茶」を作って何になるという論調も、頷ける。
国や行政と「漫画」というポップカルチャーは、相容れない。
国や行政が「漫画」に擦り寄った時点で、それは、歪んだ関係になる。
それは、何故か・・・?私憤も込めて・・・斬ってみる。
下記は、尾崎豊のBIRTH TOUR Freeze Moon~ラストの語りよりの抜粋である。
いつまでも夢を捨てないで、いつまでも悲しい暮らしに、こうつぶやいていても・・・
いったい何だったんだ。こんな暮らし。こんなリズム。いったい何だったんだ。
きっと、何もかもが違う。何もかもが違う・・・。
夜の街で風が吹くたび、俺たちはたばこをふかすそして最後の1本を吸い終えると、
帰る金にさえ足りなくなっちまう。いったい何ができる。なあ、みんな夢はあるかい?
夢を追い続けていくことができるかい?決して、決して自分に負けたりしないかい?
※尾崎の叫びより
きっと何もかもが違う。何もかもが違う・・・。
きっと、この言葉こそ・・・
漫画を書く人間の、表現の発露であり。
読む人間の、純粋なメンタリティーである。
ポップカルチャーの旋風は、そうした人間の孤独な闘いを基盤として日本に、世界に、拡がっていく。
決して、国家が用意した箱から拡がったりはしない。
ポップカルチャーの表現者及び関係者は、その箱に納まることを望んではいないはずだ。
漫画は、自宅のソファーやテーブルの上に転がってナンボのものである。好きな漫画は、ベットの上で、電車の中で、何度も読み返され・・・ボロボロになっていく。
漫画は、国家という共同体のものではない。
決して連帯しない、孤立したものである。
だから、自由なのだ。
共通した答え合わせができないからこそ、ポップカルチャーなのだ。
だから、日本の漫画を世界に発信しよう・・・
そんな国家の発する全体主義的な号令とは、基本的に相容れない。
行政の仕事は、国民に「きっと、何も違わない」ということを、広く知らしめ・・・平穏と安心を創造することだ。
しかし・・・それは・・・
きっと何もかもが違う。何もかもが違う・・・。
そうやって、ポップカルチャーは、生まれている。
そして、これからも生まれてくる。
麻生内閣の新経済対策の一つである「漫画の殿堂」構想が、すんなり通り・・・それが、選挙でも評価される日本であるなら・・・・この国の、ポップカルチャーもたかがしれている。
血税117億円が注ぎ込まれる国営の「漫画喫茶」構想に、断固反対である。
絶対に、違う。何もかもが違う・・・。
もし、同じ予算を使うのであれば・・・青色吐息の出版業界を救うべきである。優秀な編集者を育てる人材育成に資金を注入すべきである。
ちなみに、総務省主催の「日本ポップカルチャー政策プロジェクト」なるものが2002年9月に発足し、錚々たる委員会メンバーで動いた経緯がある。しかし、3回ほどの勉強会を開いた程度で、2004年11月以降の活動報告は更新されていない。国が考えるポップカルチャーとは、こんなものだ。長くは続かない。
偉い人達が集まって議論し、活動を考えた時点で、それは、ポップカルチャーではなくなる。やってることが矛盾している。
政策から外れたところから、真のポップカルチャーは、生まれてくる。そのことに気づかないと・・・何をやっても「日本ポップカルチャー政策プロジェクト」の二の舞になる。