- ■ 爽やかな30代を目指して 【ぎょーむ日報】
- ■ あけましておめでとうございます
- ■ あけまして おめでとうございます。 【ぎょーむ日報】
- ■ お隣さん 【ぎょーむ日報】
- ■ シティボーイ 【ぎょーむ日報】
- ■ 将来の夢 幼稚園編 【ぎょーむ日報】
- ■ やり遂げる 【ぎょーむ日報】
- ■ タクシー運転手に憧れて 【ぎょーむ日報】
- ■ 工事してよー 【ぎょーむ日報】
- ■ 先輩日記⑥
『友達の友達』の友達の友達は?
「友達の友達」がアルカイダであると宣った鳩山大臣が更迭された。
自民党の右往左往も、都市伝説化しそうな気配だ。
それにしても、「友達の友達」という微妙な関係から発信される物語には、こうも伝播力があるのだろうか?
“口述の歴史”あるいは“擬似的な歴史”と呼ばれる都市伝説は、大概「友達の友達の話だけど」ないしは「友達の親戚の話だけど」で始まる。目の前の友達が言うところの「友達の友達」や「友達の親戚」は、具体的に誰かなどと突っ込んでいくのは無粋というものだ。ましてや、逢わせてくれなんて言おうものなら、空気のよめない奴とレッテルを貼られるに違いない。
そこで、友達が言うところの「友達の友達」や「友達の親戚」の数を計算してみたい。
まず、1人の社会人が「友達ないしは知ってる」と言えるヒトの数は、どれくらいか考えてみる。それを知るため、手っ取り早いのは、携帯電話の電話帳登録数だろう。
『あなたの携帯電話の電話帳には、現在何件登録がありますか?』
0~100件未満……32.0%
100~200件未満……35.0%
200~300件未満……20.8%
300~400件未満……7.8%
400~500件未満……2.8%
500~600件未満……1.0%
600~700件未満……0.4%
700件以上……0.2%
※エスカーラ読者の女子500人によるアンケート結果より
300件未満に約90%が集中する。
男女も含めた平均数は、150~200人に収まるだろう。
そこで、1人あたり200人くらいが、噂話の引き合いに出せる「友達ないしは知り合い」と想定すると・・・
友達が言うところの友達の友達は、200×200×200=800万人である。
それに、4親等までの親戚数を掛け合わせると・・・きっと日本の人口を超える。
要するに、友達が言うところの「友達の友達」や「友達の親戚」を合わせると、この日本の全部なのである。日本でヒトが巻き起こしているすべてが、「友達の友達」や「友達の親戚」という想定で語り尽くせるというわけだ。
だから、友達の親戚が浜崎あゆみでも、ありだ。友達のお姉ちゃんが福山雅治とつきあってたも、ありだ。宇宙人とつきあってるも。嘘ではない。何でも、ありなのだ。
都市伝説の「友達の友達の話だけど」ないしは「友達の親戚の話だけど」は、
昔話の「むかしむかしあるところに」と同じようなものなのだ。
現在、世界人口を66億人なので・・・
「友達の友達の友達の友達の友達」まで辿れば、充分に全世界を網羅できる。
そして、なんとなく微妙に近い関係性を強調して始まる都市伝説は、「身近なネタ」ほど、なんとなく信じられやすい傾向を持つ。「微妙なネタ」ほど、「友達の友達の話だけど」ないしは「友達の親戚の話だけど」は、伝播力を持つ。
gooの『なんとなく信じちゃっていた都市伝説ランキング』のベスト10には、次のようなものが並んでいる。
①富士の樹海では方位磁針が正常に動作しない
②病院での死体洗いのアルバイト
③「ゆとり教育」世代は円周率を3と習っている
④三人で写真を撮ると真ん中の人が早死にする
⑤警察署の取調室ではカツ丼が出る
⑥○○公園の池のボートに恋人同士で乗ると、別れる
⑦しゃっくりが100回続くと死んでしまう
⑧借金返済のためマグロ漁船に乗せられる
⑨ネコを電子レンジで乾燥した人がメーカーに対して裁判を起こした(「猫レンジ」)
⑩皮膚呼吸ができなくなると死ぬ
並べてみてみると、改めて「友達の友達の話だけど」ないしは「友達の親戚の話だけど」で始まる都市伝説は、どうでもいい。どうでもいいし、ほのぼのとしたゆるーい幸福感すら伴っている。
では、なぜ、それは拡がる力を持つのか?
「友達の友達」の話をすることに、
人間は、潜在的に何らかの意義を感じているからではないだろうかと思う。
「友達の友達」は、実際に、見たことも、逢ったこともないけど・・・
そこには、何らかの力が働いているはずだ。
そこで、こんな面白い実験研究を紹介する。コレステロールが高いと心血管系異常の危険性が高くなるとか、タバコをやめると脳卒中や冠動脈疾患、肺がんのリスクが減るなんていう研究発表をしている有名な機関のニコラス・クリスタキス教授の研究論論文に、「広い社会的ネットワークにおける幸福の力動的伝播について:フラミンガム心臓研究における20年間の長期的分析」というのがあるらしい。調査対象12067人で行った「幸福の力動的伝播」の研究結果は、以下の通り。
※「医学都市伝説」より抜粋。[/url]
直接的につながる人々が幸福であるほうが、自分も幸福になりやすいという傾向はあるものの、その差はそう大きくはなく、友人を例に取ると、友人の友人、友人の友人の友人までは、はっきりとした幸福化作用が働くという。
これは社会的距離だけでなく、住居の距離、また時間的な間隔でも、結構離れていても同じことが言えるらしい。不思議なことに、仕事仲間では、こうした関係性がまったく認められなかったと言うことだ。
つまり、直接は名前も知らない友人の友人の友人が幸福なら、自分も幸福になりやすく、それは10数キロ離れたところに住んでいる人であっても、二年ほど前に幸福であることを知っているだけでも、統計的優位な「幸福化」作用が働くということだ。
「幸福化」作用を見ると、もっとも効果が強いのが「近くに住む親しい友人」で、次が「隣人」、その次が「近くに住む普通の友人」、その次に「近くに住む同朋」が来て、「一緒に暮らす配偶者」は5番目、というのが一番の笑いどころ。
幸せな友人たちと付き合い、見知らぬ幸せそうな人と道端ですれ違い、幸せな隣人に囲まれていれば、不機嫌でイラついた不幸せな嫁さんと暮らしていようと、幸せでいられるということのようだ。ちょっと距離を置いた他者のほうが、より感情的な影響性を与えられるというのは確かに感じることなので、その辺が社会的な側から示唆されていると言うことなのかも。とある。
この研究結果も、都市伝説のひとつなのかもしれないが・・・。
「友達の友達」ないしは「友達の親戚」の話をするという都市伝説は、微妙な関係性を活用しながら、たわいもない話をするという幸福感を共有するためにあるのではないかと考える。
家にいるイライラした顔の嫁さんの話をするより、脳天気で幸せそうな「友達の友達」の噂話や体験談の方が、自分に幸せをもたらしてくれることを、人間は体感として知っているのだ。きっと。
「友達の友達の友達が幸せなら、私も幸せ」
「友達の友達の友達の脳天気は、私も脳天気にする」
『友達の友達』に伝播力があるのは、人間は、身近な関係だけでは、なかなか幸福感が得られないという現実の裏返しである。
だから、麻生首相との身近な関係で幸福感が得られない鳩山大臣が「友達の友達がアルカイダ」であると言っちゃうのも頷けるっ。