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『坂本龍馬になりたい』奴に限って・・・。

2010年03月26日

いたいぞっ。

福山雅治主演の「龍馬伝」は、常に視聴率が20%超え。書店に行けば、坂本龍馬特集の雑誌が溢れている。そうして企業には、「坂本龍馬になりたい」社員が増えていく。それは、結構、危険なことである。

先週、Twitterで、こんなつぶやきを目にした。

「坂本龍馬病」というのがあるような気がする。最初から接着剤とか捨て石とか参謀とかそういうのになりたがる。自分からリーダーにはならない。能のない奴に多い。
http://twitter.com/mhatta/statuses/10540494768

このつぶやきは、結構フォローされている。同じようなことを考えている人が多い証拠だ。

中田英寿、中村俊輔・・・日本サッカーの英雄達がミッドフィルダーであることとも通じている。日本サッカーも、いわゆる「坂本龍馬病」を患っているということだ。

匿名でのブログによる意見の発信。最初からご意見番とか捨てゼリフとかそういうのになりたがるTwitterでのやりとり。日本のネット内でのコミュニケーションが固有である背景は、「坂本龍馬病」と通じている。

接着剤とか捨て石とか参謀とか、そういう役割を狙う「坂本龍馬になりたい」という奴は、自分がそこそこできることを自覚している。坂本龍馬ブームは、高学歴で、自称「実力を発揮できていない」人達の良い逃げ道になっている気がするのは、私だけではない。


リーダーになれない。リーダーとして望まれない。その裏返しとしての「坂本龍馬病」。だから、不況のこの時代、業績が悪くなるほどに、そこそこできる奴たちは「坂本龍馬病」を患う。


維新の時代のヒーロー達。彼らの革命のインセンティブは、「新しい世を切り拓く歓び」そのもので・・・。そもそもが、接着剤とか捨て石とか参謀とか、そんな役割を最初から考えて動いている奴なんていなかったはずだ。そもそも維新は、みんなが「公共財」として命を賭けた、その結果である。「坂本龍馬病」罹患者は、そのことがわかっていない。

歴史に描かれている坂本龍馬の本来の魅力とは、時代の変化とともに「自分の内にある力を発見していく能力」であり、「新しい世を拓いていくライブ感」にある。
自分のそこそこを自覚したが故の、役割としての接着剤とか捨て石とか参謀とかでは、決してない。土佐藩を脱藩するというリスクを背負ってこその坂本龍馬の魅力。給料を貰っている状態での、ビジネスマンの「坂本龍馬になりたい」発言が、少しイタイのは、そこら辺にある。


「坂本龍馬病」を患っている人間は、ぜひ、下記のような発言に耳を傾けて欲しい。出版不況の中、ちゃんと販売部数を伸ばしている「小悪魔ageha」の中條編集長のインタビューである。

他の雑誌がダメになった理由はどうお考えですか?という質問に、次のように答えておられる。

中條編集長 出版社の人たちって、みんな頭がイイからじゃないですか。わたしは育ちがよくないしあまり頭がよくないので、同じような境遇の子の気持ちがよく分かるのですが、頭のいい人が言っていることってよく分からないんですよね。たぶん世の中の読者の人たちも同じだと思うんです。すごく頭のいい人が作った賢い雑誌を見ても、何か難しいこと書いてあるし、すごく上から目線で「これが流行する」的なことを書いたって共感できないと思うんです、特に女の子たちはそうじゃないところで生きているわけですから。読者の子たちは一部の頭のいい人とか恵まれた人たちと違うんですよね。確かに高学歴で頭のいい人はすごく漢字とか知っているし、入稿の仕方を覚えるのが早いし、飲み込みが早いからいいと思うのですが、読者の子はそうじゃない子もたくさんいるんです。だから、わたしは読者と同じ立場に立って一緒になって作りたいなって思っています。
「小悪魔ageha」編集長にインタビューより

「参謀」という役割を意識したり、目指したりする前にすることがある。その小賢しい知恵や知識を捨てることが「坂本龍馬病」克服の特効薬である。

執筆者: へそ社長